GEIENDO芸苑道
調査・研究レポート The Experience Economy

経験経済とは?
伝統芸能体験が「商品」から「記憶」へ変わる理由

公開 文・細川明日香(株式会社芸苑道 代表) 読了 約6分
経験経済とは? 伝統芸能体験が「商品」から「記憶」へ変わる理由
Answer

経験経済(Experience Economy)とは、商品やサービスそのものではなく、その人の記憶に残る「体験」が対価を得るという考え方です。1998年にB・ジョセフ・パインとジェームス・ギルモアがHarvard Business Reviewで提唱しました。ホテルや旅館にとって、伝統芸能の演奏は「BGM」ではなく、滞在そのものの価値を形づくる体験になり得ます。

このテーマの全体像 観光の「本物らしさ」は誰が決める?真正性研究の3つの理論

Progression of Economic Value誕生日ケーキでわかる、経済価値の4段階

パインとギルモアは、経済価値がコモディティ → 製品 → サービス → 経験の順に進化してきたと説明し、その例として誕生日ケーキを挙げました。材料を買って手作りしていた時代から、ケーキミックス、ケーキ店のケーキへと移り、いまは誕生日パーティーという「出来事」ごと外部に任せるようになった、という流れです。

段階が上がるほど、支払われる金額は大きくなります。ただし、材料そのものが高くなったわけではありません。お金を払う理由が「モノ」から「時間と記憶」へ移ったのです。

誕生日ケーキ1回あたりの支出(論文中の米ドル表記、目盛りは10倍ごと)棒を選ぶと解説が変わります
STAGE 4 / 経験

お金を払う対象は、ケーキではなく「子どもと家族の忘れられない一日」。伝統芸能に置き換えると、演奏そのものではなく、その夜の旅の記憶に対価が支払われる段階です。

※ 金額は論文が例として挙げた1998年当時の米国の目安です。現在の価格や日本の相場ではありません。

The Four Realms of an Experience体験を豊かにする「4つの領域」

二人は、体験を2つの軸で整理しました。横軸は、お客様が受け取る側にとどまるのか、ご自身も関わるのか(参加の度合い)。縦軸は、体験を離れた場所から取り込むのか、その中に入り込むのか(つながり方)。この2軸でできる4つの領域がすべて重なるところを、二人は「スイートスポット」と呼んでいます。

能動的 × 吸収

教育(Educational)

お客様ご自身が関わり、知識や技を身につける体験です。「学びたい」という気持ちに応えます。

伝統芸能での例
箏の1on1体験。調弦のしくみや爪の付け方を知り、自分の手で一曲を弾いてみる。

お客様が持ち帰るのは、
曲名ではなく「あの夜の空気」です。

— 経験経済の視点から見た、文化体験の価値

Applying it in Japan日本の宿泊施設で取り入れるなら

日本のホテルや旅館では、伝統芸能を「ロビーでの鑑賞」だけで提供していることが少なくありません。これは4領域でいえば娯楽だけの体験です。ほかの領域を少しずつ足していくと、同じ演奏でもお客様の記憶への残り方が変わります。

領域足すための工夫Unique Zenでの形
娯楽演目の背景を、お客様の言語で短く伝えるプライベートコンサート
教育楽器に触れて、一音でも自分で鳴らす1on1体験
美的照明・しつらえ・季節の花で空間を整える空間演出
脱日常時間帯や場所を特別にし、日常から切り離す季節の催事・法人ウェルネス研修
RESEARCH
Welcome to the Experience Economy
B. Joseph Pine II & James H. Gilmore / Harvard Business Review, 76(4), 97–105, 1998.
翌1999年に書籍『The Experience Economy』として発展。書籍では、経験の次の段階として「変容(Transformation)」も論じられています。

Planning Checklist文化体験を企画するときのチェックリスト

  • 娯楽
    お客様が「何を見ているか」わかるか演目の由来や見どころを、英語でも一言添える。
  • 教育
    持ち帰れる学びが一つあるか楽器に触れる、名前を知る、所作を真似てみる。
  • 美的
    空間そのものが美しいか音の響き、照明、季節のしつらえまで含めて演出する。
  • 脱日常
    「ここでしかない」理由があるか時間帯、人数、場所を特別にして、観光地の混雑から離す。

FAQよくある質問

経験経済とは何ですか?

経済価値が「コモディティ→製品→サービス→経験」と段階的に進化し、記憶に残る体験そのものが対価を得る商品になる、という考え方です。1998年にパインとギルモアがHarvard Business Reviewで提唱しました。

経験の4つの領域とは?

お客様の参加の度合い(受動的/能動的)と、体験とのつながり方(吸収/没入)の2軸で分けた、娯楽・教育・脱日常・美的の4つです。4つが重なるほど豊かな体験になるとされます。

ホテルの文化体験にどう活かせますか?

鑑賞だけで終わらせず、学び(教育)、日常から離れる没入(脱日常)、空間の美しさ(美的)を一つのプログラムに組み合わせることです。芸苑道では、演目・空間・進行をまとめて設計しています。

References参考文献

  1. Pine, B. J., II, & Gilmore, J. H. (1998). Welcome to the Experience Economy. Harvard Business Review, 76(4), 97–105.
  2. Pine, B. J., II, & Gilmore, J. H. (1999). The Experience Economy: Work Is Theatre & Every Business a Stage. Harvard Business School Press.

Ask Us貴施設に置き換えると

ここまでは、公開されている資料にもとづく事実の整理です。実際に何をどのように組み立てるかは、貴施設の規模・立地・客層・繁閑の形によって変わります。芸苑道では、次のような点を伺ったうえで、貴施設に合う形をご提案しております。

  • 問4つの領域を、貴施設の1回の体験にどう入れるか時間配分まで落として設計できます。
  • 問鑑賞だけの演奏から、どう一歩進めるか楽器に触れる時間の入れ方をご提案いたします。
  • 問プログラム名と説明文をどう決めるか伝わる言い方を一緒に整理します。

ご状況を伺ったうえで、実施できる形かどうかを率直にお伝えいたします。芸苑道へご相談はこちら →

WRITTEN BY

細川 明日香

株式会社芸苑道 代表取締役。箏・三味線奏者。東京藝術大学 修士課程修了、日本当道会 師範。NHK大河ドラマ「光る君へ」出演。著者プロフィール 個人サイト