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観光産業の歴史A History of English-language Guidebooks to Japan

外国人向け
日本ガイドブックの歴史

公開 更新 文・細川明日香(株式会社芸苑道 代表)読了 約7分
外国人は、日本をどう案内されてきたのか——1881年のサトウ『中部・北部日本旅行案内』から、マレー社の案内書、1914年の鉄道院公式ガイド、1954年『Japan: The Official Guide』まで
ANSWER

外国人旅行者のための本格的な英文の日本案内書は、1881年(明治14年)に横浜で刊行された、英国外交官アーネスト・サトウとホーズによる『中部・北部日本旅行案内』に始まるとされます。その内容はロンドンのジョン・マレー社の『日本旅行案内』(チェンバレン、メイソン編)に引き継がれ、1913年には第9版が出ました。同じ1913年から1917年にかけて、日本の鉄道院は英文の公式案内書『An Official Guide to Eastern Asia』全5巻を刊行し、日本を扱う巻では能・狂言・謡や歌舞伎を、章を立てて解説しています。

このテーマの全体像はこちら日本の訪日観光の歴史|明治の喜賓会から4,000万人時代まで

Satow and Hawes, 1881最初の本格的な英文案内書は、いつ生まれたのか

1881年、横浜のケリー社から『A Handbook for Travellers in Central & Northern Japan』(中部・北部日本旅行案内)が刊行されました。著者は、英国公使館の日本語書記官だったアーネスト・メイソン・サトウと、元英国海兵隊のA・G・S・ホーズです[1]。

副題には、東京・京都・大阪などの都市、神戸から青森までの本州の見どころ、主な山の登山、寺院の解説、歴史や伝説の紹介が並びます[1]。序文には、構成は英国で広く使われていたマレー社の旅行案内書の形式にならったと書かれ、協力者としてチェンバレンらの名前が挙げられています[1]。

Timeline年表で見る、案内書の70年

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外国人向け日本ガイドブックのあゆみ
  1. 1881明治14年サトウとホーズの『中部・北部日本旅行案内』

    英国外交官アーネスト・サトウと、A・G・S・ホーズの共著。横浜のケリー社から刊行されました。

  2. 1890年代明治20年代マレー社の『日本旅行案内』(チェンバレン、メイソン編)

    ロンドンのジョン・マレー社が刊行。序文は、サトウとホーズの1881年の本の著作権を取得して内容を取り入れたと記しています。

  3. 1913大正2年マレー社『日本旅行案内』第9版

    鉄道や電車の延伸に合わせて全面改訂。序文は、多くの旅行者が見に来るのは「古い日本」だとしています。

  4. 1913〜1917大正2〜6年鉄道院『An Official Guide to Eastern Asia』全5巻

    日本の鉄道院が英語で刊行した公式案内書。日本本土を扱う第2巻・第3巻は1914年刊です。

  5. 1914大正3年第2巻の序説に「能・狂言・謡」の章

    能の成り立ちや謡の役割を説明し、例として『卒都婆小町』のあらすじを紹介しています。

  6. 1954昭和29年『Japan: The Official Guide』

    運輸省の観光部門が編集し、日本交通公社(Japan Travel Bureau)が刊行した英文の公式案内書です。

出典:各書の初版・改訂版(Internet Archive所蔵の画像・本文)をもとに作成

Murray and the Railways案内書は、どのように受け継がれたのか

サトウとホーズの案内書は、ロンドンのジョン・マレー社が刊行した『A Handbook for Travellers in Japan』に引き継がれました。編者は、のちに東京帝国大学の名誉教授となるバジル・ホール・チェンバレンと、W・B・メイソンです。1894年の版の序文は、サトウとホーズの本を「後のすべての編者が土台とする基礎を築いた」と評価し、その著作権を取得して内容を取り入れたうえで、鉄道の開通などに合わせて大幅に書き直したと説明しています[2]。

1913年の第9版の序文は、鉄道や電車の延伸に合わせて全体を改訂したと述べる一方、多くの旅行者が見に来るのは、今も残る「絵のように美しい古い日本」だという考えを示しています[3]。

同じころ、日本政府も英文の案内書づくりに乗り出します。鉄道院は1913年から1917年にかけて『An Official Guide to Eastern Asia』全5巻を刊行しました。第1巻が満洲・朝鮮(1913年)、第2巻が西南日本(1914年)、第3巻が東北日本(1914年)、第4巻が中国(1915年)、第5巻が東インド(1917年)です[4]。

How Noh Was Explained100年前の公式案内書は、能をどう説明していたのか

鉄道院の案内書第2巻(1914年)は、本文の前に、歴史・文学・美術・風俗などを解説する長い序説を置いています。序文は、旅行者がこれを読むことで、人々の精神や国民性を理解し、目にするものへの理解を深められるようにと述べています[5]。

序説には「能・狂言・謡」の章があり、次のような内容が書かれています[5]。

  • 能は、囃子と舞に謡が伴う格調の高い舞台芸術で、主な演者は役柄を表す面をかけること。
  • 能は大名の庇護のもとで発展し、将軍や大名が能役者や囃子方を抱えていたこと。狂言は能と能の間に演じられる短い喜劇であること。
  • 能は謡なしでは演じられず、謡がなければ演技の意味が伝わらないこと。
  • 演目の例として、『卒都婆小町』のあらすじを紹介していること。

続く章では、芝居(歌舞伎)と義太夫の成り立ちも解説しています[5]。100年以上前の公式案内書が、能を「あらすじと、謡の役割」から説明しようとしていたことがわかります。

戦後の1954年には、運輸省の観光部門が編集し、日本交通公社が刊行した『Japan: The Official Guide』が出ています[6]。通訳ガイドの制度の歴史は通訳ガイド制度の120年で紹介しています。

Our Proposal芸苑道からの提案:140年変わらない「伝える工夫」

ここからは、芸苑道が宿泊施設の皆さまにお伝えしたい内容です。

1.あらすじは、今も最良の入口

1914年の公式案内書は、能を説明するのに一つの演目のあらすじを丁寧に紹介していました。館内での演奏でも、曲の情景や物語をひとこと添えるだけで、海外のお客様の聴き方は大きく変わります。芸苑道では、演目ごとに短い英語の解説をご用意いたします。

2.「古い日本」を、形だけでなく

1913年の案内書が記したように、多くの旅行者は「古い日本」に惹かれて訪れます。その期待に応えるには、衣装や小道具だけでなく、伝統を受け継ぐ実演家による本物の演奏が欠かせないと私たちは考えています。

3.貴施設の歴史も、物語の一部に

明治・大正から外国人を迎えてきた宿や、歴史ある建物をお持ちの施設では、その歩みそのものがお客様にお伝えしたい物語です。創業の年代や建物の様式に合わせた演目をお選びし、ご紹介の言葉まで整えます。演目の選定・空間の設え・進行の設計まで、講師1名あたり¥88,000〜を目安にご相談を承っております。

Ask Us貴施設に置き換えると

ここまでは、公開されている資料にもとづく事実の整理です。実際に何をどのように組み立てるかは、貴施設の規模・立地・客層・繁閑の形によって変わります。芸苑道では、次のような点を伺ったうえで、貴施設に合う形をご提案しております。

  • 問海外のお客様に、伝統芸能を短く的確に説明するには演目ごとに要点を絞った解説を、実演家の視点からご用意いたします。
  • 問貴施設の歴史を、演奏とあわせてお伝えできるか創業の年代や建物の様式に合わせた演目と、ご紹介の言葉をご提案いたします。
  • 問「古い日本」を求めるお客様に、何をお見せするか形だけをなぞらない、実演家による本物の芸能のご相談を承っております。

ご状況を伺ったうえで、実施できる形かどうかを率直にお伝えいたします。芸苑道へご相談はこちら →

FAQよくある質問

外国人向けの本格的な日本旅行案内書はいつ生まれましたか?

1881年に横浜で刊行された、アーネスト・サトウとA・G・S・ホーズの『中部・北部日本旅行案内』が最初期のものとされます。その内容はマレー社の『日本旅行案内』に引き継がれました。

日本政府による英文の公式案内書はありましたか?

鉄道院が1913年から1917年にかけて『An Official Guide to Eastern Asia』全5巻を刊行しました。日本本土を扱う第2巻・第3巻は1914年の刊行です。

当時の案内書は、伝統芸能をどう紹介していましたか?

1914年の鉄道院の案内書第2巻は、序説に「能・狂言・謡」の章を設け、能の成り立ちや謡の役割を説明し、『卒都婆小町』のあらすじを紹介しています。歌舞伎と義太夫の章もあります。

Sources & References出典・参考文献

  1. Satow, E. M. & Hawes, A. G. S. A Handbook for Travellers in Central & Northern Japan. Yokohama: Kelly & Co., 1881.(Internet Archive) https://archive.org/details/ahandbookfortra00hawegoog
  2. Chamberlain, B. H. & Mason, W. B. A Handbook for Travellers in Japan. London: John Murray; Yokohama: Kelly & Walsh, 1894.(Internet Archive) https://archive.org/details/handbooktravell00murr
  3. Chamberlain, B. H. & Mason, W. B. A Handbook for Travellers in Japan, Ninth Edition, Revised Throughout. 1913.(Internet Archive) https://archive.org/details/handbookfortrave01john
  4. Japan. Department of Railways. An Official Guide to Eastern Asia: Trans-continental Connections between Europe and Asia, 5 vols., 1913–1917.(Internet Archive、書誌情報) https://archive.org/details/ahz0075.0001.001.umich.edu
  5. Imperial Japanese Government Railways. An Official Guide to Eastern Asia, Vol. II: South-Western Japan. Tokyo, 1914.(Internet Archive) https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.96772
  6. Tourist Industry Division, Ministry of Transportation (ed.). Japan: The Official Guide. Japan Travel Bureau, 1954.(Internet Archive、書誌情報) https://archive.org/details/japanofficialgui0000tour

本記事は、公的機関・国際機関・学術論文などの公開情報をもとに作成しています(確認日:2026年10月9日)。数値や制度は改定されることがあるため、最新の情報は各出典の公式発表をご確認ください。

WRITTEN BY

細川 明日香

株式会社芸苑道 代表取締役。箏・三味線奏者。東京藝術大学 修士課程修了、日本当道会 師範。伝統芸能の実演家として、訪日のお客様に向けた文化体験を企画しております。著者プロフィール 個人サイト