Timeline年表で見る、訪日観光の130年
- 1893明治26年喜賓会(きひんかい)設立
日本で最初の外国人旅行者の誘致・あっせん機関とされます。
- 1912明治45年ジャパン・ツーリスト・ビューロー発足
外国人旅行者の受け入れを担う組織として発足しました。現在のJTBグループや日本交通公社の源流です。
- 1930昭和5年鉄道省に国際観光局を設置
日本で最初の観光行政組織とされ、外国人旅行者の誘致を国の政策として進めました。
- 1931昭和6年財団法人国際観光協会の発足
海外への宣伝を担う組織として設けられました。
- 1963昭和38年観光基本法の公布
日本の観光政策の基本となる法律が定められました。
- 1964昭和39年特殊法人国際観光振興会の設立
現在の日本政府観光局(JNTO)の前身です。
- 2003平成15年ビジット・ジャパン・キャンペーン開始
1月の施政方針演説で、当時約500万人だった訪日外国人旅行者数を2010年に倍増させる目標が示され、同年にキャンペーンが始まりました。
- 2006平成18年観光立国推進基本法の成立
観光基本法を全面的に改めた法律で、2007年1月1日に施行されました。
- 2008平成20年観光庁の設置/「日本政府観光局」の呼称に
10月1日に国土交通省の外局として観光庁が設置されました。
- 2025令和7年訪日外客数が年間4,268万人に
初めて年間4,000万人を超え、過去最高となりました(推計値)。
- 2026令和8年第5次観光立国推進基本計画を閣議決定
3月27日、2030年に訪日客6,000万人などを目標とする計画が決まりました。
出典:JNTO「沿革」、観光庁、衆議院、JNTO「訪日外客数」などをもとに作成
Meiji to Prewar明治・戦前:外国人を「もてなす」ための組織づくり
JNTOの沿革では、1893年に設立された喜賓会を「わが国初の外客誘致斡旋機関」と位置づけています[1]。1912年にはジャパン・ツーリスト・ビューローが発足し、1930年には鉄道省に国際観光局が置かれました[1][2]。
この時代から、外国人旅行者の受け入れは外貨の獲得や日本への理解を広げる手段として、国の関心事になっていたことがわかります。
Postwar戦後:観光基本法と国際観光振興会
1963年には観光基本法が公布され、翌1964年には現在のJNTOの前身である特殊法人国際観光振興会が設立されました[1]。
Heisei & Reiwa平成・令和:「観光立国」への転換
参議院の調査室の論文によると、観光立国が内閣の主要な政策課題として本格的に取り組まれたのは2003年からです。この年、小泉首相(当時)が1月の施政方針演説で、約500万人だった訪日外国人旅行者数を2010年に倍増させる目標を示し、ビジット・ジャパン・キャンペーンが始まりました[3]。
2006年には観光基本法を全面的に改めた観光立国推進基本法が成立し(2007年1月1日施行)、2008年10月1日に観光庁が設置されました[4][5]。
2025年の訪日外客数は4,268万3,600人(推計値)となり、2026年3月には2030年に6,000万人を目指す第5次観光立国推進基本計画が閣議決定されています[6][7]。
「もてなす」ための組織づくりから始まった歴史は、いま「住民の暮らしとの両立」という新しい問いに向き合っています。
— 歴史から見た、訪日観光の現在地Articles in this categoryこのカテゴリの記事
- 数字で見る訪日客20年——2003年521万人から2025年4,268万人へビジット・ジャパン・キャンペーンが始まった2003年の訪日外客数は521万人。2013年に1,000万人を超え、2019年に3,188万人、…
- 訪日客が前年を下回った年——2009年・2011年・2020年、そして2026年訪日外客数は2009年(世界的な景気後退)、2011年(東日本大震災)、2020〜2021年(新型コロナ)に前年を下回りました。2026年も…
- 外国人を迎えてきた日本の宿の歴史——金谷ホテル1873年から国際観光ホテル整備法まで1873年の金谷カテッジイン(日光金谷ホテル)、1878年の富士屋ホテル、1909年の奈良ホテル。外国人客を迎えるために生まれた宿の系譜と、…
- 大阪・関西万博の年、宿泊需要はどう動いたか——2025年の記録2025年の大阪・関西万博は累計来場者2,901万人。同じ年、大阪府の客室稼働率は78.6%で全国最高でしたが、外国人延べ宿泊者数は前年比3…
- 日本の世界遺産、1993年の4件から27件へ——登録と観光の33年日本は1992年に世界遺産条約を締結し、1993年に法隆寺地域の仏教建造物・姫路城・屋久島・白神山地が最初に登録されました。2026年の飛鳥…
- 国賓をもてなす音楽——雅楽と宮中晩餐会の150年宮内庁式部職楽部が伝える雅楽は、明治3年の雅楽局設置に始まり、宮中の儀式・饗宴・園遊会で演奏されてきました。1959年の国連総会での初の海外…
- 箏が世界に出た日——宮城道雄と《春の海》の国際化1929年に宮城道雄が作曲した箏曲《春の海》は、1932年にフランス人ヴァイオリニストとの共演盤が日・米・仏で発売され、1953年には宮城自…
- パトロンが芸能を育てた——世阿弥と足利将軍、650年前の構造1375年、12歳の世阿弥が父・観阿弥とともに京都・新熊野神社で猿楽を披露し、将軍・足利義満の保護を受けました。以後、能は武家の式楽となり、…
- 非公開の文化財を開く、60年——京都非公開文化財特別公開の歩み昭和40年(1965年)に始まった「京都非公開文化財特別公開」は、普段は非公開の寺社の文化財を期間限定で公開し、拝観料を保存修理に充てる仕組…
- 歌舞伎、海外への100年——1928年モスクワ公演から2027年ロンドンへ歌舞伎の本格的な海外公演は、昭和3年(1928年)のモスクワ公演に始まります。総勢48名がシベリア鉄道で2週間かけて向かったこの旅から約10…
- 世界観光デーはなぜ9月27日なのか——1970年の条約採択と、日本の観光基本法1963年世界観光デーは毎年9月27日に祝われ、1980年の初開催から2026年で46年が経ちました。日付は1970年に国連世界観光機関(UN Tou…
- 登録有形文化財の30年——1996年の制度創設から、建造物15,000件へ1996年の文化財保護法改正で生まれた登録有形文化財制度は、2026年度に30周年を迎えます。建造物の登録は2026年7月時点で14,884…
- 国立劇場の60年——1966年の開場から、2033年度の再開場をめざす建て替えまで伝統芸能の保存と振興のために1966年11月に開場した国立劇場は、2026年で開場60年を迎えます。初代の建物は2023年に閉場し、現在は2…
- 通訳ガイド制度の120年——1907年の「案内業者取締規則」から、1949年の通訳案内業法、全国通訳案内士まで外国人旅行者を案内する通訳ガイドの制度は、1907年の内務省令「案内業者取締規則」に始まり、1949年の通訳案内業法、2005年の通訳案内士…
- 1964年、日本の観光は何が変わったのか——東京オリンピック、東海道新幹線、日本人の海外観光渡航の自由化1964年、日本では東京オリンピックの開催、東海道新幹線の開業、日本人の海外観光渡航の自由化、国際観光振興会(現JNTO)の設立が重なりまし…
- 外国人は、日本をどう案内されてきたのか——1881年のサトウ『中部・北部日本旅行案内』から、マレー社の案内書、1914年の鉄道院公式ガイド、1954年『Japan: The Official Guide』まで1881年、英国外交官サトウらの『中部・北部日本旅行案内』が横浜で刊行され、マレー社の案内書に引き継がれました。1913〜1917年には鉄道…
- 災害後の旅行割引「ふっこう割」の10年——2016年熊本地震の九州ふっこう割(180億円・約271万泊)から、2018年北海道、2024年北陸応援割、2026年九州ふっこう応援割まで災害後に国が旅行代金を割り引く「ふっこう割」は、2016年の熊本地震で初めて導入され、180億円の予算で約271万泊に使われました。2018…
- 2003年1月、「訪日客を2010年に倍増」——小泉首相の施政方針演説とビジット・ジャパン・キャンペーンの始まり2003年1月、小泉総理大臣は施政方針演説で、当時約500万人だった訪日外国人旅行者数を2010年に倍増させる目標を示しました。同年4月には…
- 1930年、国が「国際観光局」をつくった理由——外貨の獲得と、文化を伝える海外宣伝の12年(1930〜1942年)1930年4月、鉄道省の外局として国際観光局が創設されました。目的は国際親善と国際収支の改善です。1936年の来訪外国人は42,568人、消…
- 幕末・明治初めの西洋人は、日本の風景をスイスと比べていた——1871年までに来日した8人の記録と、その場所のいま【2026年の研究】2026年に学術誌『環境情報科学』に掲載された研究は、1871年までに来日した西洋人8人が、箱根峠や湯ヶ島からの富士山、恵山岬などをスイスの…
- 明治の日本で、外国人は自由に旅行できなかった——1874年の「外国人内地旅行允準条例」と内地旅行免状、1899年7月17日の改正条約発効まで開国後の日本では、外交官以外の外国人は開港場周辺の「遊歩区域」の外へ自由に出られませんでした。1874年の「外国人内地旅行允準条例」で外務省…
Ask Us貴施設に置き換えると
ここまでは、公開されている資料にもとづく事実の整理です。実際に何をどのように組み立てるかは、貴施設の規模・立地・客層・繁閑の形によって変わります。芸苑道では、次のような点を伺ったうえで、貴施設に合う形をご提案しております。
- 問館の歴史と演目をどう結びつけるか創業年や建物の様式を伺って演目を選びます。
- 問開業記念や周年で何ができるか記念公演の構成をご提案いたします。
- 問新しい施設でも成立するか土地の歴史に沿った選曲で成立します。
ご状況を伺ったうえで、実施できる形かどうかを率直にお伝えいたします。芸苑道へご相談はこちら →
FAQよくある質問
日本で最初の外国人旅行者の誘致機関は?
1893年(明治26年)に設立された喜賓会です。JNTOの沿革で「わが国初の外客誘致斡旋機関」とされています。
観光庁はいつできましたか?
2008年(平成20年)10月1日に、国土交通省の外局として設置されました。
ビジット・ジャパン・キャンペーンはいつ始まりましたか?
2003年です。同年1月の施政方針演説で、訪日外国人旅行者数を2010年に倍増させる目標が示されました。
Sources & References出典・参考文献
- 日本政府観光局(JNTO)「沿革」 https://www.jnto.go.jp/about-us/organization/history.html
- 公益財団法人日本交通公社「沿革」 https://www.jtb.or.jp/about/history/
- 松岡亮「観光立国実現に向けた取組と課題―訪日外国人旅行者数1,000万人を達成するために―」『立法と調査』No.342、参議院事務局企画調整室、2013年7月 https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2013pdf/20130701048.pdf
- e-Gov法令検索「観光立国推進基本法」(平成18年法律第117号) https://laws.e-gov.go.jp/law/418AC1000000117
- 観光庁「観光立国推進基本法」 https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonho/index.html
- 日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数(2025年12月推計値)」2026年1月21日 https://www.jnto.go.jp/news/press/20260121_monthly.html
- 観光庁「観光立国推進基本計画(第5次)(概要)」2026年3月27日閣議決定 https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/002019550.pdf
本記事は、公的機関・国際機関・学術論文などの公開情報をもとに作成しています(確認日:2026年9月17日)。数値や制度は改定されることがあるため、最新の情報は各出典の公式発表をご確認ください。
