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観光産業の歴史1964: A Turning Point for Tourism in Japan

1964年、
日本の観光が変わった年

公開 更新 文・細川明日香(株式会社芸苑道 代表)読了 約7分
1964年、日本の観光は何が変わったのか——東京オリンピック、東海道新幹線、日本人の海外観光渡航の自由化
ANSWER

1964年(昭和39年)は、日本の観光にとって大きな転機の年でした。10月1日に東海道新幹線が開業し、10月10日から24日まで、アジアで初めてのオリンピックが東京で開かれました。同じ年に日本人の観光目的の海外渡航が自由化され、現在の日本政府観光局(JNTO)の前身である国際観光振興会も設立されています。この年の訪日外客数は352,832人、出国日本人数は127,749人で、7年後の1971年には出国日本人数が訪日外客数を上回りました。

このテーマの全体像はこちら日本の訪日観光の歴史|明治の喜賓会から4,000万人時代まで

What Happened1964年、日本の観光に何が起きたのか

1964年には、観光に関わる出来事がいくつも重なりました。

時期出来事
1963年業務目的の海外渡航が、外国為替管理の面で自由化[2]
1964年観光目的の海外渡航が自由化[2]
1964年特殊法人国際観光振興会(現在の日本政府観光局)設立[5]
1964年10月1日東海道新幹線(東京〜新大阪)が開業。最短4時間で結ぶ[3]
1964年10月10〜24日東京オリンピック開催。アジアで初めてのオリンピック[4]

オリンピックには93の国・地域から5,151人の選手が参加し、20競技163種目が行われました[4]。新幹線が開業する前、東京から大阪までは6時間半かかっていたとされ、開業翌年の1965年には3時間10分に短縮されています[3]。

前年の1963年には観光基本法が制定され、外国人旅行者の誘致が国の政策目標に掲げられていました。その経緯は世界観光デーはなぜ9月27日なのかで紹介しています。

By the Numbers訪日客と出国日本人は、その後どう動いたのか

日本政府観光局(JNTO)の統計は、1964年から年ごとの訪日外客数と出国日本人数を掲載しています。ボタンを切り替えると、1964年から1975年までの推移をご覧いただけます[1]。

訪日外客数と出国日本人数(1964〜1975年)
  • 1964年352,832人
  • 1965年366,649人
  • 1966年432,937人
  • 1967年476,771人
  • 1968年519,004人
  • 1969年608,744人
  • 1970年854,419人
  • 1971年660,715人
  • 1972年723,744人
  • 1973年784,691人
  • 1974年764,246人
  • 1975年811,672人

1964年の訪日外客数は352,832人(前年比15.5%増)。1970年に854,419人(40.4%増)まで増えた後、1971年は660,715人に減りました。

出典:日本政府観光局(JNTO)「年別 訪日外客数、出国日本人数の推移(1964年‐2025年)」をもとに作成

出国日本人数は、1971年に訪日外客数を上回りました。外務省の1971年版外交青書は、旅券の発行数が1963年の業務渡航、1964年の観光渡航の自由化以来、毎年大きく増えていると記し、その背景として国民所得の増加、割安な団体旅行の普及、航空機の大型化などを挙げています[2]。1970年の旅券発行数は655,732冊で、1952年の約50倍に達していました[2]。

Legacy1964年は、その後の観光に何を残したのか

1964年の出来事は、訪日観光と日本人の海外旅行の両方の出発点になりました。新幹線は東京と大阪を日帰りできる距離に近づけ、同じ年に設立された国際観光振興会は、現在のJNTOにつながっています[3][5]。

一方で、統計を見ると、1970年代以降しばらくは日本人の海外旅行が訪日旅行を大きく上回る時代が続きました。訪日外客数が再び出国日本人数を上回るのは、2015年のことです[1]。2003年以降の訪日客の伸びは数字で見る訪日客20年で、明治以来の流れは、このカテゴリの完全ガイドで紹介しています。

Our Proposal芸苑道からの提案:建物と時代の物語を、音で

ここからは、芸苑道が宿泊施設の皆さまにお伝えしたい内容です。

1.建物の「生まれた時代」を手がかりに

1964年前後に開業した宿や、その時代の建物をおもちの施設もあるかと思います。建物が生まれた時代に親しまれていた曲や、海外の賓客を迎えた時代の演目をご紹介することで、館の歴史をお客様にお伝えする時間になると私たちは考えています。

2.国際行事の年に、日本の音を

国際的な行事が開かれる年は、海外のお客様をお迎えする機会が増えます。行事の時期に合わせて、日本の伝統音楽を館内でお届けする形をご提案いたします。

3.国内と海外、両方のお客様に

同じ演奏でも、解説の言葉や長さを変えることで、国内のお客様にも海外のお客様にも楽しんでいただけます。演目の選定・空間の設え・進行の設計まで、講師1名あたり¥88,000〜を目安にご相談を承っております。

Ask Us貴施設に置き換えると

ここまでは、公開されている資料にもとづく事実の整理です。実際に何をどのように組み立てるかは、貴施設の規模・立地・客層・繁閑の形によって変わります。芸苑道では、次のような点を伺ったうえで、貴施設に合う形をご提案しております。

  • 問大きな国際行事の年に、貴施設でどのような催しをご用意できるか行事の時期やお客様の層に合わせた演目と進行をご提案いたします。
  • 問歴史ある建物の物語を、お客様にどうお伝えするか建物の時代背景に合わせた演目の選び方をお伝えいたします。
  • 問海外のお客様と国内のお客様に、同じ催しをお届けできるか解説の言葉や長さを変えるなど、両方のお客様に楽しんでいただける形のご相談を承っております。

ご状況を伺ったうえで、実施できる形かどうかを率直にお伝えいたします。芸苑道へご相談はこちら →

FAQよくある質問

1964年に観光に関して何が起きましたか?

東海道新幹線の開業(10月1日)、東京オリンピックの開催(10月10〜24日)、日本人の観光目的の海外渡航の自由化、国際観光振興会(現JNTO)の設立が重なりました。

1964年の訪日外客数は何人でしたか?

352,832人です。同じ年の出国日本人数は127,749人でした。

出国日本人数が訪日外客数を上回ったのはいつですか?

1971年です。出国日本人数が961,135人、訪日外客数が660,715人でした。

Sources & References出典・参考文献

  1. 日本政府観光局(JNTO)「年別 訪日外客数、出国日本人数の推移(1964年‐2025年)」 https://www.jnto.go.jp/statistics/data/_files/20260819_1615-8.pdf
  2. 外務省『わが外交の近況』1971年版(外交青書)第5章第1節「邦人の海外渡航」 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1971/s46-2-5-1.htm
  3. nippon.com「デビュー当時の4時間から2時間21分に短縮:東京と新大阪間の所要時間の推移」2024年10月2日 https://www.nippon.com/ja/japan-data/h02151/
  4. 日本オリンピック委員会(JOC)"TOKYO 1964 Olympic Games" https://joc.or.jp/english/historyjapan/tokyo1964.html
  5. 日本政府観光局(JNTO)「沿革」 https://www.jnto.go.jp/about-us/organization/history.html

本記事は、公的機関・国際機関・学術論文などの公開情報をもとに作成しています(確認日:2026年10月9日)。数値や制度は改定されることがあるため、最新の情報は各出典の公式発表をご確認ください。

WRITTEN BY

細川 明日香

株式会社芸苑道 代表取締役。箏・三味線奏者。東京藝術大学 修士課程修了、日本当道会 師範。伝統芸能の実演家として、訪日のお客様に向けた文化体験を企画しております。著者プロフィール 個人サイト